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内藤哲也の制御不能な一年を振り返る。内藤はどのようにしてブーイングを歓声に変えたか

      2016/11/12


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内藤哲也の制御不能な一年を振り返る。内藤はどのようにしてブーイングを歓声に変えたか

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今や新日本プロレスの中心とも言える存在にまでなった内藤哲也。

会場では内藤のロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのグッズを身に着けたファンでいっぱいだ。
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しかしながらたった一年前までは、内藤は多くのファンから大ブーイングを浴び続ける選手であった。2013年のG1クライマックス悲願の初優勝後、それを認めないファンから大ブーイングを浴びせられ、人知れず大きく悩んでいた。
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そして2014年の1月4日東京ドームではIWGPヘビー級王座に挑戦するものの、ファン投票によってメインからは降格となる。試合後内藤は東京ドームの通路で涙を流していたという。
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そんな内藤がこの短期間でなぜそのような変化を起こす事が出来たのか。

時系列に沿って振り返ってみたい。

2015年6月23日:メキシコでロス・インゴベルナブレス加入

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内藤は6月にメキシコ遠征に出発し、かつての武者修行先でもあるCMLLに参戦した。

6月23日、内藤が4年振りのCMLL参戦のインタビューを受けている最中、突如ラ・ソンブラが乱入。ソンブラはTシャツを差し出し、内藤を「ロス・インゴベルナブレス」に勧誘。

内藤は着ていたTシャツを脱いで放り投げ、マスコミの前でロス・インゴベルナブレスのTシャツを着てラ・ソンブラらとの合体をアピールした。

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その際にソンブラは「内藤は正式なロス・インゴベルナブレスの新メンバーである」と発表した。
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2015年6月27日:帰国、不穏な動き

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帰国した後の初戦である6月27日の新日本プロレス・岐阜大会で内藤は不穏な動きを見せる。

新日本プロレス公式サイトより

試合後、棚橋と内藤が勝ち名乗りを受けるも、内藤が憮然として1人で帰ろうとする。それを棚橋が説得しようとするが、内藤は無視して退場した。

――今日、内藤選手とのコンビネーションがギクシャクしてたように見えたんですけど・・・。

棚橋「俺はいつも通りなんだけど。(内藤は)ギアがちょっと、おかしなところに入ってます。バックギアじゃないといいですね」

※内藤は追いすがる記者を振り切って、ノーコメントで控室に消えていった。

内藤は棚橋との本隊最強タッグを組み、試合には勝利しながらも、棚橋がピンフォールを奪い勝ち名乗りを受けた所で反発して一人で帰ってしまう。試合自体もコンビネーションが今一で、試合後も記者の声掛けも無視しノーコメントで控え室に引き上げていった。

内藤の様子がおかしい。しかしこの時は何が起こったのか、誰も知る由は無かった。

2015年6月28日 メキシコから帰国の内藤哲也が謎の行動!新日本・本隊脱退も!?:nWoな人々

2015年6月28日:内藤が本隊と決別、ロス・インゴベルナブレス入りをアピール

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岐阜大会の翌日の後楽園ホール大会で、試合後一人だけ足早にリングを降りバックステージへ引き上げ、突如本隊との決別を宣言した。

新日本プロレス公式サイトより

試合後、内藤はマーティー浅見レフェリーの勝ち名乗りを拒否し、足早に退場。

内藤「今日は日曜日?ドミンゴ?いや、CMLLはさ、毎週日曜日アレナメヒコで試合してんだよね。今日俺、てっきり朝起きた時、あぁ、アレナメヒコ行かなきゃって思っちゃったよ。それぐらい俺、ちょっとメキシコの空気を吸い過ぎちまったかなと。あの空気が懐かしいなぁ、恋しいなぁ。俺はCHAOSではない。もちろんBULLETCLUBでもない。ましてや本隊でもない。俺の居場所は・・ロス・インゴベルナブレス」

2015年7月5日:大阪城ホール大会で本間見殺し!トランキーロも飛び出す!

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内藤は因縁の地、大阪にて”師匠”と敬愛していた本間朋晃とのタッグでバレットクラブと対戦。

本間がバレットクラブにやられている中、内藤は我関せずで見殺し。

試合後本間は激怒。

新日本プロレス公式サイトより

本間「内藤、どうしちまったんだ、お前? 自由すぎるだろ? 『俺は自由だ』っていうのはわかるけど、お前、アニマル浜口ジムの心、忘れたのか? 気合、気合、気合! 今度、内藤とやる時があったら、気合100連発でもやってやるよ。ただただ俺は、いい作品を残して、その上で勝ちたいと思ってるだけだ。内藤、何考えてんだ?」

--本間選手も内藤選手の考えは読めない?

本間「自由の国メキシコに長いこと行ってたから、考えも違っちゃって自由になったかもしれないけど、ここは日本だから。浜口ジムの先輩、いや、プロレス界の先輩として、俺は内藤を元の道に戻したいと思います。ただでも、今日最後に、21年ぶりの大阪城ホール大会、みんなのこけしが決まって本当にハッピーでした。やっぱり“こけし・イズ・ハッピー”だなと思いました」

そして内藤の代名詞「トランキーロ」も飛び出した。

新日本プロレス公式サイトより

内藤「(※先に引き揚げて来て)トランキーロ、トランキーロ、焦んなよ。その前に覚えた? 覚えた? チーム名、覚えた? 言ってみろよ」

--インゴベル……。

内藤「俺に質問あるんだったら、その前にちゃんと覚えてから来いよ。(※控室に戻ろうとするが、振り返って)トランキーロ、トランキーロ、焦んなよ」

この時点ではファンも記者も「ロス・インゴベルナブレス」というユニット名もろくに言えない状態であった。

このロス・インゴベルナブレスとは日本語で「制御不能な奴ら」であり、英語では「The Ungovernables」である。

このチームの全ての発端は2012年にG1クライマックスにも出場したCMLLのルーシュだ。
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ルーシュはCMLLにてずっと「テクニコ」、つまりベビーフェイスという立場であったが、観客からはずっとブーイングを浴びるルード(ヒール)の様に扱われてきた。そして2013年中頃からその傾向が更に酷くなり、遂にはベビーフェイスにも関わらず、「CMLLで最も嫌われているレスラー」と呼ばれるようになる。

その後ルーシュはラ・マスカラとタッグを結成し、一方同じくベビーフェイスのテクニコであるラ・ソンブラも、ライバルであるボラドール・Jrがルードからテクニコにターンした事によってファンからブーイングを浴びるようになってしまう。

このブーイングを浴びるテクニコの二人が交わり、昨年の2014年4月25日にルーシュ、ラ・ソンブラとラ・マスカラがボラドール・Jrを襲撃。観客から大ブーイングを浴び、ルーシュとラ・ソンブラは「近年のCMLLで最もファンから嫌われた二人」と言われるようになる。

そして彼らは「ロス・インデシアブレス」と名乗り、その後チーム名を「ロス・インゴブレナブレス」と改めて今に至る。

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オリジナルメンバーはルーシュ、ラ・ソンブラとラ・マスカラ。そして元ルーシュと組んでいた新日本にも来日経験があるマルコ・コルレオーネが4人目のメンバーとして加入した。

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日本でも2015年冬頃からロス・インゴベルナブレスについて紹介されるようになる。
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ロス・インゴベルナブレス加入後の内藤のお決まりのポーズである「寝転び」も、オリジナルは内藤の盟友ラ・ソンブラである。
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この大阪城ホール大会では大きな行動を起こさなかった内藤。まさに制御不能の始まりだった。

2015年7月18日:内藤、ロス・インゴベルナブレス入りの理由を語る

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内藤は帰国後、初めて公の場でロス・インゴベルナブレス入りの理由を語った。

内藤「縛られるのが面倒くさくなっちゃった。メキシコに1ヶ月いて自由な雰囲気に慣れてしまって、色々制約があるのが面倒くさくて、”やりたきゃやります、やりたくなきゃやりません”そういうスタンスでこれからプロレスをやっていく。」


2015年7月20日:G1突入!内藤は天山を挑発

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G1クライマックスが始まる前に内藤は、元付き人を務めていた天山を「終わってる」と発言。それに対し、天山は怒りを爆発させた。

新日本プロレス公式サイトより

天山「あとクソガキ、アイツもチャラチャラしたらほんまふざけんなって。オイ、誰に口きいとるんじゃ。誰に喧嘩売っとんねんって。オイ、ええ加減にせえって。昔、アイツが入った頃は付き人やってたね。可愛いヤツやった。今じゃアレなんやって。まぁ教育も悪かったかもしれんけども、ふざけんなよって。恩を仇で返しやがって、あのクソガキが。何様じゃって。100万年早いんだって。誰に『終わったな』って。お前に言われる筋合いなんじゃ。ふざけんなって。ほんまとにかく、あのクソガキが最後の最後やからね。楽しみにしてるよ、俺は」

このG1中、ファンは内藤に大ブーイング。

そしてこのG1から、内藤は黒のスーツに骸骨のマスクを被って入場するようにもなった。
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結果内藤はG1制覇ならず、大きな行動も起こさないでファンに謎を与えた。

2015年9月5日:内藤はパレハの存在を示唆

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G1を明けた後も一人ロス・インゴベルナブレスとして戦っていた内藤は、この時期も本隊の一人として主にジュース・ロビンソンとタッグを組んでいた。

新日本プロレス公式サイトより

内藤「何度言ったら分かるんだよ!! 頼むから、スペイン語喋れるパートナー準備してくれって!! 英語言われたって俺、解かんねぇよ。え? それとも俺には『試合をするな』ってこと? 逆に考えてみて? これだけ、組みたくないパートナーの人と試合組まされて、ちゃんとやる方が可笑しいでしょ。俺被害者だぜ? いいから、一刻も早くスペイン語を喋れるパートナー準備してくれ」

内藤はスペイン語を話せるパートナーを要求。この時はまだパートナーのスペイン語「パレハ」では無かった。

2015年10月12日:両国大会でパレハを投入!

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その後「パレハ」の正体について様々な憶測を呼び、同時期に潮崎豪が全日本プロレスを退団したことから「パレハは潮崎ではないか!?」という噂も飛び交った。

そしてメキシコのロス・インゴベルナブレス本隊も、空港にいる写真をツイッターにアップするなど、日本に行く可能性を示唆していた。

しかし両国に現れたスペイン語を話すパレハとは・・・、なんと米国から帰国したEVIL!

その風貌の変化に、ファンは「え・・、誰?」と会場は騒然となった。

2015年10月12日:ファンのブーイングが歓声に変わった日

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EVILというパレハを連れてきたその日、内藤は本隊のエースである棚橋弘至の権利証へ挑戦していた。

その際の大きなサプライズは、パレハの登場のみならず、それまで大ブーイングを浴びていた内藤への大きな歓声であった。

それは対棚橋の試合にありがちな判官贔屓だけではなかった。

ロス・インゴベルナブレスとして帰国後の内藤は、完全に自由人でユニット名の通り制御不能なレスラーとして立ち振る舞った。入場曲が鳴っても出て来ない、パートナーのジュース・ロビンソンを助けない、レフリーには暴行するなどやりたい放題。それに対しファンは当然大ブーイングを浴びせた。

それは両国の前のビッグマッチ神戸大会「Destruction in Kobe」での柴田勝頼戦でも同じだった。G1で生まれた柴田と内藤の因縁の決着戦で、柴田には大歓声、内藤には大ブーイングが起こった試合。試合は内藤がレフェリーのブラインドを突いての金的攻撃からの勝利をもぎ取り、またファンは大きな怒りを内藤にぶつけた。

その神戸大会から日本で一試合も間を挟まずの両国大会。その両国でファンは内藤に大歓声を送る。一試合前の柴田戦後も大ブーイングを浴びせていたファンは、なぜその直後の両国大会の棚橋戦で歓声を送ったのか。

その柴田⇒棚橋戦の間に一体何があったのか?

内藤はこの間、記者会見や各種媒体で様々な発言を行い自らの考えを発信していった。当時内藤が主張していたのは以下の通り。

・リマッチはいらない
・権利証はいらない
・何で俺がG1で棚橋に勝って権利書に挑戦しなければいけないんだ
・以前のファン投票は棚橋vs中邑をメインに持っていきたい会社の意思をファンに押し付けただけ
・もし俺が棚橋に勝ったら、会社は棚橋にリベンジさせるために1.4まで残り30試合リマッチを組んでくる
・皆が度肝を抜くパレハを連れてくる
・ロスインゴベルナブレス本隊が両国に乱入する

これらの発言で内藤はファンの心の代弁者となり、合わせて両国大会への期待感を高める事に成功した。

これらの発言はいわゆる「会社批判」であり、「現状への不満」である。内藤は「自由に好き勝手やる」という信条の元、現状の新日本プロレスに対し、「何かおかしい、これは間違っている」という事を明確にはっきりと発言していった。プロレス界でも体制に「No!」という人が近年ではいなくなってしまっていたのだ。

今回内藤に支持が集まったという事は、上記の内藤の発言にファンも「確かにおかしい」と思っていたという事だろう。ある意味「内藤良く言ってくれた!」という感じではないだろうか。

棚橋はポッドキャストにて「会社批判が支持されているのはある意味ショック」(ポッドキャスト)と述べていたが、確かにその通りだ。両国のあれだけのファンが、会社批判をする内藤の方を支持したのはある意味驚きであった。

それはまさに「タイミング」もバッチリはまった。

この時期の新日本プロレスに何らかの閉塞感があったのは間違いない。

それは長い間、棚橋-オカダ-AJスタイルズの3人の間でしかIWGPヘビー級王座が移動していないという事も一つだ。この3人以外の前では、なんと2010年の小島聡までさかのぼらなければならない。インターコンチネンタル王者の中邑真輔も含めると、この4人で固定されている閉塞感をファンは感じているはず。

もちろんそれだけその4人の実力が飛び抜けているので、容易に割って入る事が出来ないという事でもある。G1クライマックスを見ても、2010年の小島優勝から、2011年中邑⇒2012年オカダ⇒2013年内藤⇒2014オカダ⇒2015年棚橋と完全に固定されている。その2013年の時に優勝した内藤に「No!」と拒絶したのもこれまたファンであった。

もし内藤が2014年にあのまま東京ドームのメインでオカダに勝利してIWGPヘビー級王座を奪取していたとしたら、その東京ドームはバッドエンディングになりファンの大ブーイングのまま大会は終了していただろう。それだけこのトップ4人に割って入るのは難しいという状況であった。

このトップ4に割って入るのは難しいにも関わらず、ファンはそれを求めているという相反する心情を抱えていた。つまりファンはそのトップ4に割って入っていけるに相応しい人を求めていたという事だ。

1988年に藤波辰爾がアントニオ猪木に「(猪木がメインを務める状況に)この光景が何年続いている、何年これが!」と飛龍革命を起こしたように、閉塞感打破を時代が求めていたのではないか。

こういった中で明らかに当時の新日本プロレスを掻き回していた存在が内藤だ。まさに内藤のトランキーロ革命の始まりであった。

2015年10月18日:内藤耳たぶ負傷により欠場

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パレハであるEVILを投入した内藤は、なんと両国直後の次期シリーズを欠場すると発表。その理由は棚橋戦で耳たぶを負傷したからであった。

2015年11月7日:メキシコにいたはずの内藤が大阪大会乱入

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上記の耳たぶの負傷によりシリーズを欠場していた内藤は、メキシコまで治療に来ていた。そこで再びロス・インゴベルナブレス本隊と合流。今後の戦略について意見交換を行った。

しかしその後11月7日の大阪府立体育館大会で、なんとメキシコにいるはずの内藤がEVILの試合に乱入。後藤を攻撃し、反則負けとなった。

2015年11月22日:ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン旗揚げ

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EVILというパレハと合体後、怪我で長期離脱していたBUSHIも合流。BUSHIは『内藤のトランキーロの世界観、ロス・インゴベルナブレスのコンセプトに魅かれた』と内藤と結託した理由を語った。

そして11月22日のワールドタッグリーグ豊橋大会にて正式に「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」の結成を宣言した。

2016年1月:中邑真輔、AJスタイルズらがWWEへ大量離脱。内藤は体制批判

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中邑真輔、AJスタイルズ、カール・アンダーソン、ドク・ギャローズの4人が新日本プロレスを退団し、WWEへと電撃移籍した。

中邑のラストマッチが1月30日の後楽園ホールで行われ、その「壮行試合」を行った新日本に内藤が噛み付いた。

新日本プロレス公式サイトより

内藤「(遠くを見つめたあと、カメラに向いて)今日が、中邑の、新日本プロレス、ラストマッチ。そんなの知ってるよ。てかさぁ、てかさぁ、新日本プロレス的に、中邑が海外の某団体に行くことが、そんなにオメデタイことかよ?新日本プロレス的に、新日本プロレス出身の選手が、海外の某団体に行くのが、そんなに誇らしいことかよ?

海外の某団体じゃなくて、国内の他団体に行くって話でも、新日本プロレスは、中邑を快く送り出してあげたの?今日と同じように、わざわざ壮行試合とか、やったわけ?中邑が、中邑真輔が、今までこの新日本プロレスに貢献してきたことは知ってるよ。そんなこと、もちろん知ってるよ。でもさ、だから何なの?

海外の某団体が、巨大過ぎて、『新日本プロレスは太刀打ちできませーん』って認めちゃってるわけ?オイオイオイ、この団体は、世界一のプロレス団体を目指してるんじゃないのか?国内ナンバーワンで、もう満足しちゃってるわけ?オイ、そんなんだったらさ、中邑真輔退団と同時に、“King of Sports”なんて名乗るの止めた方がいいんじゃないの?

コレは、コレは、新日本プロレスを応援してくださる皆様、そして、中邑真輔に対して言ってるんじゃない。コレは新日本プロレスに対して、俺は言ってるんだ。海外の某団体のご機嫌を伺うような対応しかしない新日本プロレス、ちょっと俺はガッカリだぜ。まぁさ、今日の後楽園ホール大会をもって、中邑はこのリングから去るんでしょ?

中邑に一言言うことがあるとすれば、アディオス、ナカムラ」

2016年3月12日:内藤がニュージャパンカップ初優勝

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内藤はポスト・大量離脱後注目されたニュージャパンカップで後藤洋央紀を破り初優勝。後藤はこの日オカダと結託しCHAOSに電撃加入する。

そして内藤は優勝者の特権でオカダへの挑戦を要求。4月の両国で王座戦を戦う事となった。

2016年3月:内藤が木谷オーナーに噛み付き、オカダの2億円プロジェクトを批判

ニュージャパンカップを優勝しオカダとの対戦が迫った内藤は、なんと木谷高明新日本プロレスオーナーへの批判を始める。

事の発端は東京スポーツの紙面で木谷オーナーが「オカダカズチカを徹底的にスターにするための2億円プロジェクト」の存在を明かした事だった。

これにレスラーで唯一内藤が批判の声を上げた。今週末4.10両国大会でオカダのIWGPヘビー級王座に挑戦する内藤は「木谷オーナーが一番の敵」とまで言ってのけた。

それに対し、木谷オーナーは両国への来場を拒否した。

内藤は『木谷オーナーは海外の仕事をキャンセルしてでもオカダの防衛戦来るべきだ。また大田区のように殺気を送って欲しい。』と木谷オーナーの両国来場を再度要求。

2016年4月10日:内藤がIWGPヘビー級王座を初奪取、SANADAも合流

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両国決戦が行われた4月10日。なんと試合に元W-1の真田聖也ことSANADAが乱入。ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンに電撃加入した。

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そして試合は内藤がオカダに勝利し、IWGPヘビー級王座を初奪取に成功。

シンガポールで新日本プロレスワールドで視聴していた木谷オーナーをも挑発した。

ここで内藤への歓声が大爆発。試合後のマイクアピール「デ・ハポン!」も観客と大合唱となった。
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2016年5月:内藤、木谷オーナー来場要求のためシンガポール入り

両国大会への来場を拒否した木谷オーナーを説得するため、内藤はなんとシンガポールへ旅立った。

新日本プロレスワールド:内藤哲也インタビューより

内藤『お忙しいのはわかりますよ、木谷オーナー。新日本プロレス以外にも色々やっているから。でもオーナーとして会場のお客様の反応を、自分の目で自分の耳で確認するべきなんじゃないかなと。そして俺は納得していないですけど、大阪城の挑戦者が木谷オーナー一押しのオカダだと。これは見に行かない手はないでしょう。

俺はもし時間があったら木谷オーナーのところに、直々にお願いに参ろうかなと思いますよ。言っても届かないんですもん。勝手にトランキーロとか使わないで欲しいですよ。それこそ、これまで俺にブーイングを送ってたお客さんが掌を返したように、木谷オーナーまで掌返ししちゃった?

もしかして2億円プロジェクトをオカダじゃなくて、内藤で行こうなんて思っちゃってんの?俺は2億円プロジェクトいらないですけど、木谷オーナーには是非是非大阪城ホールに来て欲しいですよ。その辺を確認しに、木谷オーナーに会いに行こうかなと。』

-直談判に行くと?

内藤『直談判って言うと、俺がお願いしに行くみたいだけど、”どうなんですか?来たほうがいいんじゃないんですか?”って事ですよ。”木谷オーナー!是非来てください!僕の防衛戦見に来てください、お願いします!”ってじゃないですよ。”あなた新日本プロレスのオーナーとして、新日本プロレスを応援して下さる、お客様の反応を会場で聞いた方がいいんじゃないですか?”と提案しに行くだけですよ。』

2016年6月19日:内藤、大阪でオカダ相手に防衛失敗!

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オカダを様々な方法で惑わせ、その内藤のメダパニ殺法によって大混乱に陥ったオカダ。

内藤有利の下馬評であったが、大阪城ホール大会にて内藤はオカダに敗れる。

内藤はオカダに敗れたものの、その後王座返り咲きを誓った。

最後に

色々あったこの一年。振り返ってみるとまさに新日本を掻き回していた内藤。今や会場はロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのグッズを身に纏ったファンでいっぱい。

G1ではそれまで中邑グッズのファンが多数だった会場を「一年で大きく景色が変わった」と思わせた。

G1制覇もならなかった内藤。これからどういう逆転のシナリオを描いているのが。

今後も要注目だ。


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