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武藤敬司が新日本プロレスを辞めて一番喜んだ人物

      2017/09/15


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武藤敬司が新日本プロレスを辞めて一番喜んだ人物

Muto

週プロのベースボールマガジン社から発売された「闘魂三銃士30年」。昨日ほぼほぼ読み終えたが、素晴らしい内容。武藤敬司、橋本真也、蝶野正洋の闘魂三銃士について武藤、蝶野そして橋本の前妻橋本和美さんの口から語られた。三銃士世代のファンなら必読の本となっています。是非ご購読を。

闘魂三銃士の絆

特に印象に残ったのは武藤、蝶野の橋本の死についての話。来年で橋本が亡くなってから10回忌になる。橋本、武藤、蝶野の3人はまさに絆で結ばれていた。3人で業界を引っ張り、それぞれが自分の城を築くまでなった。ご存知の通り武藤は2002年に新日本プロレスからライバル老舗団体の全日本プロレスに電撃移籍する。新日本のバリバリのエースが移籍。これは今なら棚橋弘至、中邑真輔、オカダカズチカの3人がまとめてノアに移籍するみたいなものだ。

この背景には当時アントニオ猪木オーナーによる格闘技路線が大きく影響している。自分が理想としているプロレスとは程遠いものに邁進する新日本。そんな中での全日本社長就任のオファー。そして武藤は小島聡、ケンドー・カシン、新日本の幹部社員らと伴に全日本に移籍した。ちなみにその時武藤は棚橋にも声を掛けたが断られていた。また全日本移籍の背景には全日本株上場計画もあったとされる。IT企業ブーム、上場IPOによる億万長者ブームの時代である。結局上場の計画はもろくも崩れ去り、長い苦悩の日々が始まる事になる。

その時の武藤は蝶野に一言も相談しなかったという。蝶野としては「ふざけんなよ、新日本どうするんだよ!」という思いだった。一方武藤の全日本移籍に一番喜んだのは橋本だったという。「むとちゃーん!新日本辞めたの??」と喜んで電話を掛けてきたという。当時橋本も新日本を退団しZERO-ONEを旗揚げしており、まさに同じ境遇の身だった。この一連の格闘技路線により新日本は橋本、武藤、長州、佐々木健介ら主力がごっそり退団し、蝶野一人残された状態になったのである。

そんな三銃士も今や橋本が亡くなり、蝶野はセミリタイヤ、武藤は未だ現役で王者として奮闘している。新日本の黄金期を作ったこの三人は未だ多くのファンの心に深く刻まれている。

(追記)
もう一つ武藤の発言で印象に残ったのはあの伝説の1999年1.4東京ドーム橋本真也 vs 小川直也の試合についてのコメント。「あれもまたプロレスなんだよな。ああいうのが無ければドームが埋まらなかった。」と発言。確かに猪木さんが関わっていた当時はああいったのも含めて「プロレス」だったんだなぁと。

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